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投稿日:2026年11月1日/更新日:2026年10月28日


エルゴチオネインとは? 細胞の“サビ”とミトコンドリアから考える、これからの健康とエイジング
美容

■はじめに

「エルゴチオネイン」という言葉を聞いたことがありますか?
以前は、健康や栄養に関心のある人の間でも、それほど一般的な名前ではありませんでした。
ところが最近になって、エルゴチオネインは「抗酸化」「ミトコンドリア」「脳の健康」「肌」「健康長寿」といった、これからのエイジングケアを考えるうえで興味深いキーワードとして注目されるようになっています。
特に面白いのは、エルゴチオネインが単なる「抗酸化物質」として研究されているわけではないことです。
私たちの体の中には、食べ物から取り込んだエルゴチオネインを運ぶための仕組みがあります。
そして近年の研究では、細胞の中でエネルギーを作っている「ミトコンドリア」にもエルゴチオネインが取り込まれる可能性が示されています。
 
では、なぜ私たちの体はエルゴチオネインを必要としているのでしょうか。
そして、エルゴチオネインを摂ることで、本当に「若々しさ」や「健康長寿」につながるのでしょうか。
 
今回は、現在までに分かっている研究を一つずつたどりながら、できるだけ難しい専門用語を使わずに、エルゴチオネインという成分の正体に迫ってみたいと思います。

 

■私たちの体は、毎日「酸化」と戦っている

まず、エルゴチオネインを理解するために知っておきたいのが「酸化ストレス」です。「酸化」と聞くと、少し難しく感じるかもしれません。でも、身近なところにそのヒントがあります。
例えば、リンゴを切ってしばらく置いておくと、切り口がだんだん茶色くなっていきます。これが酸化です。もちろん、人間の体の中で起きていることはリンゴとは比較にならないほど複雑ですが、私たちの細胞も日々、酸化による影響を受けています。
 
私たちは呼吸をして、食事から得た栄養素を使い、エネルギーを作っています。その過程で「活性酸素」などの反応性の高い物質が生まれます。活性酸素は、必ずしも悪者というわけではありません。免疫機能など、体にとって必要な働きにも関係しています。問題になるのは、活性酸素が過剰になったり、体が持っている抗酸化システムとのバランスが崩れたりした場合です。この状態が、いわゆる「酸化ストレス」です。
長い人生の中で、私たちの細胞はこうしたストレスを何度も受けることになります。だからこそ、年齢を重ねることを考えるとき、「細胞をどのように守るか」という視点が重要になってくるのです。

 

■そこで注目されたのが「エルゴチオネイン」

エルゴチオネイン(L-ergothioneine)は、きのこなどに含まれている天然の成分です。
化学的には含硫アミノ酸の一種で、人間の体内では十分に作ることができないため、食事などから摂取する必要があります。
 
特に、きのこ類には比較的多く含まれていることが知られています。ここで非常に興味深いことがあります。
私たちの体には、エルゴチオネインを細胞内へ運び込むための「OCTN1」という輸送体が存在しているのです。
つまり、エルゴチオネインは単に食事から入ってきて、体外へ排出されるだけの物質ではありません。
 
体の側に、「この成分を取り込む仕組み」が用意されているのです。
もちろん、このことだけで「エルゴチオネインを摂れば健康になる」と結論づけることはできません。
 
しかし、なぜ体がわざわざエルゴチオネインを取り込む仕組みを持っているのか――。これは研究者にとって非常に興味深いテーマでした。

 

■「抗酸化物質」なら、ほかにもあるのでは?

ここで、こんな疑問が出てくるかもしれません。
「抗酸化物質なら、ビタミンCやビタミンEもあるでしょう?」
その通りです。食品にはさまざまな抗酸化成分が含まれています。
 
では、なぜエルゴチオネインが特別に注目されているのでしょうか。
一つの理由は、エルゴチオネインが体の中で比較的安定して存在し、特定の輸送体によって取り込まれることです。
さらに近年、研究が進むにつれて見えてきたのが、「エルゴチオネインは、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアとも関係しているのではないか」という可能性でした。
ここから、エルゴチオネイン研究はさらに面白くなっていきます。

 

■私たちの細胞には「発電所」がある

ミトコンドリアという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
ミトコンドリアは、私たちの細胞の中に存在する小さな器官です。
 
よく、「細胞の発電所」と表現されます。
食事から摂った栄養素を利用して、私たちが生きていくために必要なエネルギーを作っているからです。
考えてみれば、私たちの体は不思議です。
歩くことも、心臓を動かすことも、脳を働かせることも、体温を維持することも、細胞を修復することも、すべてエネルギーが必要です。
そのエネルギーを生み出す中心的な役割を担っているのがミトコンドリアです。
 
ところが、エネルギーを作るという大切な仕事には、一つの弱点があります。
エネルギー産生の過程では、酸化ストレスも発生するのです。
つまりミトコンドリアは、「生命活動に必要なエネルギーを作る場所」であると同時に、「酸化ストレスの影響を受けやすい場所」でもあります。
 
だからこそ、ミトコンドリアを守ることと、健康的な加齢との関係が世界中で研究されているのです。

 

■エルゴチオネインはミトコンドリアに入るのか?

この疑問に対して、2024年に興味深い研究結果が発表されました。Fongらの研究1)では、質量分析法などを用いて、エルゴチオネインが単離したミトコンドリアに取り込まれること、さらにエルゴチオネインを投与した細胞や動物から分離したミトコンドリアにもエルゴチオネインが存在することが示されました。
これは重要な発見です。
 
なぜなら、それまでにも「エルゴチオネインはミトコンドリアを守るのではないか」という仮説はありましたが、ミトコンドリアそのものへの取り込みについては、はっきりしない部分が残っていたからです。
この研究によって、「エルゴチオネインは実際にミトコンドリアの中に存在し得る」という生物学的な根拠が示されたわけです。
ただし、ここで一つ、大切な線引きをしておきましょう。
この研究は、「エルゴチオネインを摂れば、人間のミトコンドリアが若返る」ことを証明したものではありません。
研究者自身も、今回の結果はエルゴチオネインがミトコンドリア機能の維持や障害予防に関与する可能性を研究するための基礎になる、と位置づけています1)。
科学研究では、「体の中に入ることが分かった」ことと、「それによって人間の健康状態が改善することが分かった」ことの間には、大きな距離があります。この距離をきちんと理解することが、健康情報を読むうえでとても大切です。

 

■ヒトの体では何が起きるのでしょう?

ここからが、一般の人にとって一番気になるところでしょう。
細胞や動物ではなく、「実際に人がエルゴチオネインを摂ったらどうなるのか?」という問題です。
近年、この問いに答えようとするヒト臨床試験も少しずつ増えてきました。
その中で特に興味深いのが、脳・記憶・睡眠について調べた2025年の研究です。

1) 55~79歳の147人で調べた「記憶と睡眠」の研究2)
2025年に発表された研究では、55~79歳の147人が参加しました。
参加者は、病気による認知機能障害がある人ではなく、「最近、物忘れが気になる」という主観的な記憶の悩みを持つ人たちです。
この研究では、エルゴチオネイン10mg/日、エルゴチオネイン25mg/日、プラセボの3つのグループに分け、16週間にわたって調べました。
 
しかも、参加者も研究者も誰がどのグループなのか分からない「二重盲検」の方法で行われています。
こうした研究デザインは、食品成分やサプリメントの効果を調べるうえで比較的信頼性の高い方法です。
さて、結果はどうだったのでしょうか。少し意外な結果でした。25mgを摂取したグループでは、4週目に「複合記憶」の改善が見られました。
ところが、その改善は16週目まで維持されませんでした。つまり、「飲み続ければ記憶力がどんどん良くなる」という単純な結果ではなかったのです。
 
一方で、別の評価項目では興味深い結果が出ました。「将来やるべきことを覚えておく」という意味の主観的な記憶や、睡眠の「寝つき」に関する指標では、25mg群で改善が見られました。
研究者たちは、エルゴチオネインが認知機能や睡眠に影響する可能性を示す結果と考えていますが、同時に、今後さらに研究が必要だとしています。
ここでも、「エルゴチオネインが認知症を予防する」とは言えません。
しかし、「ヒトを対象とした比較試験で、記憶や睡眠について無視できない変化が観察された」というところまで研究が進んできたことは、注目してよいでしょう。
 
2) 肌にも関係する? 12週間のヒト試験で見えてきたこと3)
エルゴチオネインの研究は、脳だけではありません。美容の世界でも興味深い研究があります。
2024年に発表された研究では、健康な日本人女性80人を対象に、エルゴチオネインを豊富に含むヒラタケ由来の食品を12週間摂取してもらい、肌の状態を調べました。研究はランダム化、二重盲検、プラセボ対照で行われています。
摂取した食品には、1日あたり25mgのエルゴチオネインが含まれていました。
その結果、8週目以降に肌の水分量についていくつかの改善が見られ、12週目にはシワや肌のキメに関する評価でも、プラセボ群との差が確認されました。
さらに興味深いのが、血液中のエルゴチオネイン濃度と、一部の肌状態の改善との間に関連が見られたことです。
 
つまり、「食事からエルゴチオネインを摂る」⇒「血液中のエルゴチオネインが増える」⇒「肌の状態にも変化が見られる」という関係が、一部では観察されたわけです。
ただし、この研究には重要な注意点があります。
使われたのは「純粋なエルゴチオネインだけ」ではありません。
エルゴチオネインを豊富に含むヒラタケ由来の食品です。したがって、肌の変化がすべてエルゴチオネインだけによるものだったと断定することはできません。
さらに、研究に関わった著者の一部には、使用したきのこを栽培した企業との雇用関係がありました。論文にもその利益相反が明記されています。
こうした情報まで含めて研究結果を見ることが、科学的な情報を正しく受け取るためには重要です。

 

■「アンチエイジング成分」と呼んでいいの?

ここまで読むと、エルゴチオネインがかなり魅力的な成分に思えてきます。
抗酸化。ミトコンドリア。脳。睡眠。肌。
どれも、年齢を重ねることと深く関係するテーマです。
だからこそ、エルゴチオネインを「アンチエイジング成分」「健康長寿成分」として紹介する記事も増えています。
 
しかし、ここには少し注意が必要です。
「健康的に年齢を重ねる可能性がある」ということと、「老化を止める」ということは全く違います。
現在の研究から、「エルゴチオネインを摂れば老化を止められる」とは言えません。
まして、「寿命が延びる」、「認知症を予防できる」、「若返る」といったことが人間で証明されたわけでもありません。
現時点で言えるのは、もっと慎重な表現です。エルゴチオネインは、酸化ストレスやミトコンドリアなど、健康的な加齢に関係する重要な生物学的プロセスに関与する可能性があり、さらに人間を対象とした研究でも興味深い結果が出始めている。
――これが、現在の研究を最も公平に表現した言い方ではないでしょうか。

 

■「きのこを食べればいい」という話から始めてみよう

ここまでエルゴチオネインについて詳しく見てくると、最後にもう一度、身近な食品に戻ってきます。
エルゴチオネインを含む代表的な食品の一つが、きのこです。シイタケ、エノキ、エリンギ、ヒラタケなど、私たちの食卓に昔から登場してきた食品です。
考えてみれば、これはとても興味深いことです。最先端の研究で注目されている成分が、実は昔から食べてきた食品の中に存在していたのです。
もちろん、きのこを食べればエルゴチオネインの研究で報告されているすべての効果が得られるわけではありません。
 
また、研究で使われた量と、普段の食事から摂取する量は同じではありません。
それでも、「健康のために何か特別なものを摂らなければいけない」
と考える前に、毎日の食生活を見直してみる。
その中に、きのこなどの食品を取り入れていく。これは、とても自然な健康習慣と言えるでしょう。

 

■エルゴチオネイン研究の本当の面白さ

エルゴチオネインの研究を追っていると、単に「新しい健康成分が発見された」という話ではないことが分かります。
私たちはこれまで、「健康を守る」というと、血圧や血糖値、コレステロールなど、比較的分かりやすい数字に目を向けがちでした。
 
しかし、年齢を重ねても元気に生活するためには、もっと小さなレベル――つまり、細胞そのものがどのように働いているのかを見る必要があります。
細胞はエネルギーを作る。その過程で酸化ストレスが生じる。ミトコンドリアが傷つけば、細胞の働きにも影響する。
脳や肌も、もちろん細胞の集合体です。そう考えると、「酸化ストレスから細胞を守ること」、「ミトコンドリアを健やかに保つこと」という研究テーマが、健康長寿と結びついてくる理由が見えてきます。エルゴチオネインは、まさにこの領域で研究されている成分なのです。

 

■ただし、「期待」と「証明」は分けて考えたい

健康情報を見るときに、私たちが忘れてはいけないことがあります。
それは、「期待されている」ことと、「効果が証明されている」ことは違うということです。
細胞実験で効果があった。動物実験で効果があった。ヒトの小規模な試験で変化が見られた。そして、大規模な臨床試験で効果が再現された。
これらは、それぞれ意味が違います。
エルゴチオネインは現在、その研究が少しずつ「人間を対象とした臨床研究2」」の段階へ進んでいるところです。
2025年の認知機能・睡眠研究も、147人を16週間追跡した興味深い試験ではありますが、研究者自身が今後のさらなる研究の必要性を示しています。
肌についても、80人を対象とした12週間の試験3)で有望な結果が出ていますが、対象者数や期間には限りがあり、使用されたのはエルゴチオネインを豊富に含むヒラタケ由来食品でした。
つまり、「可能性は見えてきた。でも、まだ最終回答は出ていない」という段階なのです。
私は、むしろこの状態だからこそ面白いと思います。

 

■これからの健康長寿を考えるときに

健康長寿という言葉を聞くと、「何を飲めば若返るの?」という方向に話が進みがちです。
しかし、実際の健康はそんなに単純ではありません。
睡眠。運動。食事。ストレス。体重管理。生活リズム。

そして、必要な栄養素をきちんと摂ること。
こうした一つひとつの積み重ねが、長い時間をかけて私たちの体を作っています。
エルゴチオネインも、その中の「一つの可能性」です。
それだけで健康を決める魔法の成分ではありません。けれども、細胞の酸化ストレスやミトコンドリアという、私たちの健康の根本に関わるところで研究が進んでいる。
 
さらに、ヒトを対象とした研究では、記憶や睡眠、肌について興味深い結果が少しずつ出てきている。
そう考えると、エルゴチオネインは今後も注目していきたい成分の一つと言えるでしょう。
 

■まとめ

エルゴチオネインは「若返りの薬」ではなく、これからを見守りたい研究テーマです。
エルゴチオネインは、きのこなどに含まれる天然成分です。抗酸化作用を持つことが知られており、近年ではさらに、ミトコンドリア、脳機能、睡眠、肌などとの関係が研究されています。
特に2024年の研究1)では、エルゴチオネインがミトコンドリアに取り込まれることが示され、ミトコンドリアを守る働きについて研究を進めるための重要な基礎が得られました。
また、2025年のヒト試験2)では、55~79歳の147人を対象に、10mgまたは25mgのエルゴチオネインを16週間摂取したところ、25mg群で記憶や睡眠に関する一部の指標に興味深い変化が確認されました。ただし、すべての認知機能が改善したわけではなく、主要な記憶指標の改善も長期間維持されたわけではありません。
 
さらに、2024年の日本人女性80人を対象とした研究3)では、エルゴチオネインを豊富に含むヒラタケ由来食品の摂取によって、肌の水分量やシワ、肌のキメなどに関する改善が報告されています。
こうした研究を見ると、エルゴチオネインには確かに興味深い可能性があります。
しかし、「飲めば若返る」、「認知症を予防できる」、「寿命が延びる」とまで言える段階ではありません。
今のところ最も適切なのは、「健康的に年齢を重ねるために重要な細胞の仕組みに関わる可能性があり、今後の研究が期待されている成分」という捉え方でしょう。
 
そして、私たちが忘れてはいけないのは、こうした研究の舞台に、昔から食卓に並んできた「きのこ」がいることです。
特別なものを探し続ける前に、毎日の食事を見直してみる。その中で、エルゴチオネインという成分にも少し目を向けてみる。
そんなところから、これからの「健康的に年齢を重ねる」というテーマを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。
 
■参考文献
1.Fong ZW, Tang RMY, Cheah IKM, et al., Ergothioneine and mitochondria: An important protective mechanism? Biochem Biophys Res Comm 2024;726: 150269.
2.Zajac IT, Kakoschke N, Kuhn-Sherlock B, May-Zhang LS. The Effect of Ergothioneine Supplementation on Cognitive Function, Memory, and Sleep in Older Adults with Subjective Memory Complaints: A Randomized Placebo-Controlled Trial. Nutraceuticals. 2025;5(3): 15.
3.Hanayama M, Mori K, Ishimoto T, Kato Y, Kawai J. Effects of an ergothioneine-rich Pleurotus sp. on skin moisturizing functions and facial conditions: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Front Med 2024;11: 1396783.